ふぅ、これで今月も終わりか・・・長かったような気がするな。
今日は休みで、俺は家でゴロゴロしていた。
ただこんな風にして過ごすのは時間がもったいないから、外にでも出てみるか。
気分転換にもなるし、ちょうどいいかもしれない。
外に出ると寒く、息を吐くと白くなって寒さがどのくらいのものなのかわかる。
以前までは冬が大嫌いで、なかなか外に出なかったが大人になったことでそれもなくなった。
街をプラプラ歩いていると、自分にそっくりな人物を見かけた。
・・・・何か似てないか?
気のせいなのか、気が付けば見失ってしまい詳しいことが分からなかった。
一体何だったんだ・・・今のは?
「何だか気持ち悪いな・・・」
街で少し買い物をしていたら、あっという間に陽が落ちて真っ暗になってしまった。
今日はこのまま帰ることにしよう。
家に帰ってからも、自分に似た人物の事を思い出しては怖くなってなかなか眠れなかった。
後日、おれはすっかりあの人物の事をすっかり忘れていた。
きっと見間違いだと思って、詳しく考えないことにして、仕事をしていた。
何かあればその時に解決すればいい。
そう思うように心がけるようにしたが、どうやらそれは意味が無かったようだ。
何故なら、その人物がもう既に目の前で立って俺を見ているから。
言葉が全く出てこない・・・目の前に立っているのは、俺?
髪型とか顔もそっくりで、正直どうしていいのか分からなくなってしまった。
確かドッペルゲンガーって、顔を合わせてしまうと死んでしまうと聞いたことがある。
「お待たせいたしました。
融資の件でございますね」
「はい、出来れば30万円融資してもらいたいんですけど」
「ただいま確認して参りますので少々お待ちくださいませ」
俺は信用情報を確認してみた。
名前は“赤羽根キョウ”さんというらしい。
どうやら、怪しい存在ではないみたいだ。
偶然にも顔や服装が一緒なだけで、特に大きな問題はなかった。
名前も違うし、呪いをかけてきそうな感じもしなかった。
嫌な感じが全くしなかった。
融資課長から承諾を得て、俺は現金を用意していく。
その現金を手にして、赤羽根さんに手渡すと早速確認し始めた。
手馴れた感じで札を確認していく。
「ありがとうございます!
これで整形することが出来ますよ」
「整形、ですか?」
「この顔なら平気だと思ったのですが、黒羽根さんとまったく顔だったので。
顔を変えなきゃと思いまして」
どうやら、その話し方からして今回が初めての整形ではないらしいな。
今まで何度か整形手術をして来て、顔を変えていたようだ。
どうして顔を変える必要があるのか、その理由は全く分からない。
もしかしたら、何か過去にしたのかな?
それにしても、本当に自分とそっくりだから話していると違和感がある。
不思議と言うかなんというか・・・。
「黒羽根さん、本当に似てますね!」
「いやいや、赤羽根様が似せたのではありませんか!」
「いーや、違いますよ~!
しかも黒羽根と赤羽根って名前も似てますしね!」
言われてみればそうだ。
苗字が何となく似ている・・・むしろ色が違うだけ。
こんな偶然・・・そういえば以前言われたっけ。
この世界に偶然はなく、全て必然だと。
その通りなら、彼と俺の縁は繋がっているのだろうか?
赤羽根さんが興味津々そうに俺を見ては、にやにやしている。
俺もにやにやしたら、こんな感じになるのだろうか?
「黒羽根さん、最初ドッペルゲンガーだと思ったっしょ?
実は、それ俺も同じこと思った!」
本当にびっくりした・・・ドッペルゲンガーを信じているわけじゃないけど。
・・いや、本当はちょっとだけ信じているかもしれない。
本当の自分と会ってしまったら、どうなるのだろうか・・・。
恐ろしくて、その先が考えられない。
死んでしまうと言われているから、出来れば会いたくないものだ。
「ここで似ている人が働いてるって聞いて、来たんだよね。
まさか、ここまで似ているとは思っていなかったけど」
「え、どなたからお聞きになったんですか?」
「確か・・・吉村さんって言ったかな?
マジックで頭に髪の毛書いてるおじさんから聞いたんだ」
吉村さんって、確かあのお孫さんと一緒に銀行へ来た人だ。
お孫さんにイケてると言われて、頭に油性マジックで髪を書いてしまった人。
今でも印象に強く残っている。
そうか・・・あの人から聞いたのか、元気そうで良かった。
俺のことを今でも覚えてくれているのが嬉しい。
でも、まだ頭にマジックで書いているのか・・・!
諦めたというか、分かってくれたと思っていたんだけどな・・。
そうかそうか・・・まだ続いていたのか!
「あのおじさん、ヤバくないか?
マジックで髪を書いちゃうなんて・・・黒羽根さん、よく笑わなかったな」
「ええ、お客様ですから」
しれっと答えるが、内心では違う事を思っていた。
あの頃は笑わないように、必死に耐えていたから。
最初はやっぱり笑ってしまいそうになるし、慣れていたとしても笑ってしまいそうになる。
だけど、笑ってしまうのは失礼なことだと思うから。
皆俺のことを覚えてくれているのが嬉しく感じる。
あれからもう何か月も経っているというのに、覚えてくれているなんて純粋に嬉しい。
「じゃあ、俺行くわ!
またね、黒羽根さん!」
そう言って、俺に手を振りながら去って行ってしまった。
整形をすると言っていたが、次はどんな顔になるのだろうか?
また、俺のようにそっくりな人物が出てきてしまうような顔じゃなければいいのだが。
次は名前を言ってもらえないと、分からないかもしれない。
きっと顔全体的に変えてしまうだろうから。
少し整形について調べてみようかな・・・もしかしたら何か分かるかもしれない。
日にちが経って、雪が降り始めた。
今日は特に冷えるな・・・でも、子供たちは大はしゃぎしている。
子供の頃、俺は冷めていたからはしゃぐことが無かった。
雪が降っても少ししか感動しなかったっけ。
大人になってからは、交通機能が乱れてしまうからうっとうしいとしか思えなくなったが。
子供たちにとっては、本当に特別というか楽しい事なんだろうな。
その時、銀行に一人の若々しい男性が入ってきた。
見るからに金持ちそうと言うか、好青年が入ってきて周囲の人達が見入っている。
外見で判断するのは良くないが、どうせ金持ちの息子か何か何だろうな。
そう思いながら仕事をしていると、彼が声をかけてきた。
「黒羽根さん、この間の返済なんだけど」
「あの。申し訳ございませんが、順番をお待ちいただいて・・・」
「ほら、番号札と合ってるでしょ?
あ、黒羽根さん、もしかして俺の事忘れちゃったの?」
「?」
そう言われても何だかわからない。
忘れちゃったの?と聞かれても、誰なのか思い出せない。
こんな金持ちそうな男性を、俺は知らないし会った事も無い。
それにこの間の返済をしに来たって、俺の担当じゃないような気がする。
俺が戸惑っていると、彼が口を開いた。
「俺だよ、黒羽根さん、赤羽根だよ!
すっかり別人になったっしょ?」
「赤羽根様でしたか!
これは・・・面影が見当たりませんね」
「まーね、イケメンになってみたいとも思ってたんだよね。
だから思い切って、部分的にいじってみたんだ」
全く気が付かなかった。
こうやって話していると、赤羽根さんだとわかる。
だが、黙っていたり話し方が変わってしまうと、全く分からなくなってしまう。
整形手術って本当にすごいな・・・ここまで変えてしまうとは。
俺は経験したいと思ったことが無いし、今のままでもいいと思っているからいいけど。
中には、赤羽根さんのように整形をして楽しみたいと考えている人もいるんだよな・・・。
しかし、あまりにもやりすぎてしまうと顔が崩れてしまうらしいから、気を付けた方がいいかもしれないという事だけを、赤羽根さんに伝えた。
「黒羽根さんってさ、心配性だよね。
わかった、あまり整形はしないことにするよ。
なんだろなー、メイクとかにしてみるかな」
「確かにメイクならいいかもしれませんね」
整形をしたら身体に負担がかかってしまうから、メイクの方がずっといい。
メイクならメイク代しかかからないし、失敗してしまってもやり直すことが出来るから。
こんなことを言っていいのか分からないが、赤羽根さんは女顔だから中性的なキャラも似合うんじゃないかと思うんだ。
赤羽根さんは、もともとバンドをやっていたからメイク道具を少しだけ持っているのだとか。
それだったら、必要な分だけメイク道具を揃えればいいから楽だな。
「黒羽根さんも、メイクしてあげようか?
きっともっとカッコよくなると思うけどなー」
「そうですね、機会があればいいかもしれません」
「機会があればじゃなくて、機会は自分から作るものだよ?」
赤羽根さんが笑いながら言う。
確かに、機会とチャンスは自ら作り出すものかもしれない。
メイクなら洗い流せるから、やってもいいけど俺には似合わないような気がするんだよな・・。
でも、せっかくやってくれると言うのだから、いつか彼にしてもらおう。
安心して任せることが出来る様になったら。
俺も少しだけメイクについて調べてみようかと思う。
今では色々なメイク道具が出ているから、比較をしてから決めるのがいいんじゃないか。
化粧品が高いと言うのは知っているが、問題はどれが自分に合っているかという事だよな。
俺にはさっぱりだが、赤羽根さんは詳しいようだ。
「残りはまた後日返済に来ますから!」
そう言い残して、赤羽根さんが帰っていくのを見送った。
赤羽根さんの今後の活躍が楽しみだ。
整形をあまりしないようにしてくれると言ったから、その言葉を信じたい。
ボロボロになった彼の姿なんか、見たくないからな。
その半年後。
赤羽根さんは見事に整形から足を洗い、メイクアーティストとして活躍し始めることになる。
女性からの支持を集めて、自分でプロデュースした化粧品やメイク道具を売り出して、それが見事にヒットして名をはせることになるのを、今の俺はまだ知らない。
そして、俺が彼にメイクをしてもらう事で新しい自分を見つけ出せるという事も今の俺はまだ知らない。