今日はいつもよりお客が少ないから、少し余裕が出来て進めるのも早かった。
それにしても、色々な人がいて面白いな。
人生の中で、こんなにも変な人と関わり合う機会があるなんて思っていなかった。
全く予想したことすらなかったし、ここまで濃い人達だとも考えていなかった。
番号を呼んでお客をさばいていくと、一人の女の子がやってきた。
見るからにまだ学生で、若々しくて融資には縁がなさそうに見えた。
「あの、40万円融資してもらいたいんですけど!」
「ただいま審査をいたしますので、お待ちください」
そう言って、早速審査をして確認していく。
今まで何件か借入をしているようだが、延滞することなくしかり返済できている。
しっかり返済しているから、融資しても大丈夫かな?
そう思いながら、融資課長の承認を確かめる。
融資課長から承諾をもらい、早速40万円を用意する。
名前を確認したら“楜澤キオ”さん21歳と書かれていた。
こんな言い方失礼かもしれないが、まだ21という若さで40万円の融資が必要になるなんて、一体何をしたんだ?
「用意いたしましたので、ご確認下さいませ」
「はーい、ありがとうございまぁす!」
そう言って、慣れない手つきで札を数えている。
ん・・・よく見ると、楜澤さんの洋服や顔が汚れている事に気が付いた。
一体何かしてきた帰りなのか?
ペンキみたいに見えるが、それにしては色が薄いような?
バッグを見るとチャックが開いていて、中身がぐちゃぐちゃになっているのが見えた。
あーあー、女の子なのにぐちゃぐちゃに入れて・・・!
潔癖症の俺から見れば、今すぐにでもバッグの中を整理したいくらいだ。
「私の顔に何かついてます?」
「お顔やお洋服に、何かペンキのようなものがついていますよ」
「やっぱりね、通りで周りがガン見してくると思った。
絵を描いてると夢中になっちゃうから、仕方ないんだよね~」
そうか・・・絵を描いているから汚れていたのか。
にしても、気が付かないほど夢中になれるなんてすごい集中力だな・・・。
そのままここまで来ちゃうんだもんな。
恥ずかしそうにしているどころか、笑ってまたやっちゃったと言っている。
どうやらその言い方からして、今回が初めてだったわけではなさそうだ。
何度かこんなことになっているみたいだ。
こんな子が40万円もの大金をどうするんだろうか?
「あ、今このお金を何に使うんだって思ったでしょ!
もうすぐ世界絵画コンクールがあるから、その準備なの」
「そうなんですね。
どちらで行なわれるんですか?」
「フランスなんです!
私、海外へ行くのってこれが初めてだから緊張しちゃって」
現地で開かれるから、その交通費代や画材を購入するために借りたのだとか。
話を聞いていると、今は美術大学へ通っていて毎日ただひたすらに絵を描いているみたいだ。
どんな絵を描いているのか、スマホに入っている写真を見てくれた。
どれもすごい作品で、素人の俺からすれば何とも言えないくらいに素晴らしかった。
だが、なかなかコンクールで入賞することが出来ないらしい。
彼女が書いているのは、風景ばかりで一枚も人間を描いたものが無かった。
人間は描きたくないのだろうか・・・時間が無いとか?
「人間は描かれないんですね」
「うん、人間なんか描いたってつまらないじゃないですか。
風景とか動物しか描きたくないんですよね」
「失礼ですが、何か理由がおありで?」
「・・・人間はキライ。
だって汚いんだもん、何もかもすべてが」
人間が嫌い、それは過去に何か嫌なことがあったからなんだろうか。
いじめられたことがあるとか、馬鹿にされたことがあるとか、何かしらトラウマを抱えてしまっているせいで、描きたくなくなってしまったのかもしれない。
動物や風景であんなにうまいのだから、人間を描いたらすごいんじゃないかと思う。
何か変わるキッカケがあればいいのにな・・・。
「差し出がましいようですが、試しにどなたか描いてみるのはどうでしょう?
例えば、好きな人とか少し変わった人とか、そこから始めてみるのもいいかもしれません」
「うーん、じゃあ、考えてみます」
楜澤さんはそう言って、荷物をまとめた。
人間は描きたくない、でも少しずつ描き始めていけば、そんなことが無くなる可能性だって出てくるんじゃないか?
彼女はそのまま銀行を後にして、帰って行った。
コンクールにどんな絵を出すのか、俺としても楽しみだった。
彼女が頬などにつけていたのは、普通の絵の具ではなくて油絵に使う特殊な絵の具のようで落とすのが少々大変なものらしい。
そして、4日が経ち再び楜澤さんがやってきた。
なんだ、何か用でも出来たのか?
彼女は何だか嬉しそうな表情をしているから、何かいい知らせでもあるのかと思った。
俺の方へやってきて、キャンバスを見せてくれた。
「黒羽根さん、人間描いてみました!
結構いい出来だと思うんですけど・・・」
そう言って、楜澤さんが描いた絵を見せてくれた。
そこに描かれていたのは・・・カッパのような頭をした男性だった。
な、なんだ、この男性は・・・!
よりにもよって、こんな人を描いちゃうなんて・・・。
いけない訳ではないし、人間だが動物みたいな人間を選んでくるとは。
よっぽど、人間を描きたくないんだな。
「この方をどこで見かけたんですか?」
「えっと、この銀行の近くの公園です。
噴水のところでキュウリ食べてたんですよ!
面白くないですか?」
噴水公園でこの人がキュウリを食べていた?
確か、カッパの鉱物もキュウリじゃなかったっけか?
・・・・人間のふりをしているカッパとかじゃ!
また、リアルに描かれていてすごいことになっているが、いいのかこれで?
コンクールに出すとか言わないよな?
楜澤さんはツボにはまったのか、かなり笑っている。
「こちらをコンクールに出されるんですか?」
「うん、だって面白くないですか?
カッパみたいだし、キュウリだって食べてたんですよ?
今まで入賞できなかったし、今回もダメだと思うから諦めることにしたんです」
「そんな簡単に諦めてしまえるほど、あなたの夢は軽かったんですか?
入選するかしないかなんて分かりません。
でも、今回も一生懸命向き合うのがいいと私は思いますよ。
後悔なんてしないように、大切な人を描くのがいいかもしれません」
「大切な人・・・そうか。
それなら、今度は本気で描いてみることにします」
そう言って、楜澤さんが笑って去って行ってしまった。
やる気を出してくれたのは良かったが、このカッパの絵をほったらかしにして帰らないでほしい。
この絵を俺にくれるっていう事なのかもしれないが、正直いらない・・・。
だが、このまま捨てるのは忍びないから保管しておくことにしよう。
いつ彼女が銀行へやってくるのか分からないが、とっておこう。
だが、あの日を境に楜澤さんが銀行へ足を運ぶようになった。
椅子に座って数時間、周囲を見回している。
誰かを探しているというわけでもないし、何か用事があると言うわけでもなさそうだった。
色々な人の様子を見ている様にも見える。
そして、その瞬間彼女と目が合って彼女がじっと俺を見つめてきた。
ん・・・なんだ、何か俺の顔についているのか?
俺は自分の顔をペタペタ触って確かめるが、何かがついているような感じはない。
そんな俺を見て楜澤さんが笑っている。
何か話しかける事も無く、数時間経つとそのまま帰って行ってしまう。
「一体何をしに来ているんだ?」
つい口から疑問が漏れた。
それからというものの、彼女はやっぱり数時間だけ銀行にとどまり、帰ってしまう。
そして、ある日を境にぷっつり来なくなってしまった。
銀行は頻繁に繰る場所ではないから、当たり前かもしれないがあんなに来ていた人物が急に来なくなってしまうとなんだか不安になってしまう。
あっという間に日にちが過ぎていき、気が付けば1か月が経とうとしていた。
いつも通りに業務をしていると、楜澤さんがやってきた。
番号札を取り、俺を指名して俺は窓口へと向かった。
「黒羽根さん、40万円ありがとうございました。
こちら返済に来ました」
「はい、確認致します」
そう言って、札を数えてくれる機械に札を入れて確認をする。
確認するとちゃんと40万円あって、俺は安心してまとめた。
そう言えば、あのコンクールはどうだったんだろうか。
楜澤さんは、相変わらずの様子でまったく読み取ることが出来なかった。
俺が何を考えているのか分かったのか、彼女が口を開いた。
「あのコンクールの事ですが、実は・・・入選しました!
しかも、ずっと憧れていた特別な賞に入賞することが出来たんです!」
「それは、おめでとうございます!
諦めずに続けてきたから、その努力なども認めてもらえたのかもしれませんね」
「ふふっ、そうだといいんですけど!
黒羽根さんのおかげなんですよ、本当にありがとうございます!」
俺のおかげ?
俺は彼女に何もしてあげられていないのに、お礼を言われても困る。
だけど、嬉しそうに笑っているからいいのかな。
そういや、この間カッパの絵を保管していたんだった。
俺はデスクから取り出して、彼女に差し出した。
「この間のお忘れ物です」
「あ、これ黒羽根さんにあげます!
カッパのおじさんは、もう私には必要ないから」
あげると言われても困ってしまう。
こんなおじさんの絵をもらったって、俺にはどうにもできない。
だからといって捨てることも出来ない・・・どうすりゃいいんだ・・・!
すると、楜澤さんが笑ってそのまま帰って行ってしまった。
最後までありがとうございます!なんて言ってくれたけど、俺は何も・・・。
とりあえず、このカッパの絵をどうするのか考えて、結局保管することにした。
恥ずかしくて家には飾れないし、そもそもこの本人に公表権があるからむやみに公開なんて出来ない。
それにしても、あのありがとうの意味は何だったんだろうか。
俺が諦めるなと言ったことに対してだろうか?
だけど、そのありがとうの意味を後に知ることになった。
そう、彼女がコンクールに出した絵画に描かれていたのは・・・俺だった。
モデルになってくれてありがとう、そういう意味でもあるし俺を描いたことで入選することが出来た意味でのありがとう、という意味だったのかも。
それは銀行で働く姿を描いたもので、絵画の中の俺は優しく微笑みながら接客をしていた。